むかしの京料理

December 19, 2022

食語の心 第112回 柏井 壽

食後の心 112回

長く食にまつわる小説を書いてきて、時代小説をというご依頼をいただき、一も二もなく引き受けたのが3 年前のこと。
 
ころは幕末。舞台は京都と決めたまではよかったが、いざ取りかかろうとすると、思わぬ壁が立ちはだかった。テレビの時代劇同様、時代小説もいわゆる時代考証というものが欠かせない。フィクションだから何をどう書いてもいい、というものではなく、フィクションだからこそ、史実を踏み外してはいけないのである。
 
新作小説を書く前には必ず、舞台となる場所、時代の資料を読み解き、それに沿って執筆することを常としているのだが、幕末の京都において、どんな料理が食べられていたか、を記録した資料が全く見つからないのである。

これが江戸となれば、実に多くの資料が書き残されている。「江戸の食文化」をキーワードに検索してみると、何冊もの書名が挙がり、加えて独自のサイトが見つかったりするのだが、これを京に置き換えると、全くと言っていいほどヒットしない。唯一、『幕末武士の京都グルメ日記 「伊庭八郎征西日記」を読む』(幻冬舎新書)という新書があったくらいで、江戸末期の食と言えば、ほぼ江戸の街を描いたものばかりなのである。
 
暗礁に乗り上げてしまったと、担当編集者に相談を持ち掛けると、彼もつてを頼ってあれこれ調べてくれたのだが、結果はおなじだった。となれば、これを逆手に取るしかない。つまり正確な資料がないのだから、推測で創作しても問題ないだろうという結論に至った。それならお手のものだ。おかげさまで無事に刊行でき、『京都四条 月岡サヨの板前茶屋』(講談社文庫)としてシリーズ化することとなった。
 
前置きが長くなったが、本論は、隆盛を誇っている京料理は、いつごろから、どんな経過をたどって形成されたのか、である。日本料理と言えば京料理。和食の原点とも言える京料理だが、たかだか百数十年前のことですら、定かでないのである。

しかしながら、平安時代に京の都でどんな料理があったか、はかなり詳細な記録が残されている。それはおもに宮中での食事であり、あるいは公家に伝わる伝承料理だったりするのだが、絵図とともに今に伝わっている。その饗応(きょうおう)料理とも呼ぶべき料理は、今の京料理の会席料理の元となっているのは間違いなさそうだ。
 
しかしながらそれらは、江戸に幕府が置かれたころからいったん衰退したのではないか、というのがぼくの推論である。食を主にしたものではないが、京の街の江戸時代の風俗図絵はいくつか残されている。それらを見ると、興味深いことが分かる。
 
たとえば「清水寺」などのお寺の絵に描かれているのは、境内に並んだ床几(しょうぎ)や、堂内の座敷で団子や菓子などの軽食を食べている町衆の姿だ。あるいは、今の鴨川にもしつらえられる床店で宴を張る人たちの姿である。言うならば茶店、もしくは門前茶屋といったところで、これが当時の京の街での外食を代表していたのだろう。
 
その象徴とも言えるのが、京都の料理屋の原点とされている「二軒茶屋中村楼」。日本三大祭りのひとつである祇園祭で知られる「八坂神社」の門前茶屋である。この店の名物である串田楽が、ある意味で京料理のはじまりとなったのではと考えている。串に刺した豆腐を炭火で焼き、みそを塗って食べる。今で言うファーストフードだが、主体が豆腐であるというのが大きなポイントだ。
 
先に会席料理を平安時代からの流れとして書いたが、いっぽうで懐石料理の源流にあるのは、精進料理だ。禅寺を主にして、寺方たちの食として発達した精進料理の主体は豆腐や湯葉、野菜であり、わけても豆腐は重要なタンパク源として重宝されてきた。

その一端を町衆に提供したのが、豆腐田楽だったのだ。今や「京豆腐」とも呼ばれ、京都の食を代表する食材となった豆腐こそが、京料理の原点であり、地味ながら滋味をたたえる味わいを生かすために、「京の薄味」が誕生したのは間違いないだろう。
 
そして京の豆腐はそれだけで十分うまいのだが、江戸の豆腐は水のせいもあって、何かしら工夫を加えないと味わいが弱い。そこで生まれたのが『豆腐百珍』という本である。次回はそのあたりを詳しく書く。

柏井 壽 かしわい・ひさし 
1952年京都市生まれ。京都市北区で歯科医院を開業する傍ら、京都関連の本や旅行エッセイなどを数多く執筆。2008年に柏木圭一郎の名で作家デビュー。京都を舞台にしたミステリー『名探偵・星井裕の事件簿』シリーズ(双葉文庫)はテレビドラマにもなり好評刊行中。『京都紫野 菓匠の殺人』(小学館文庫)、『おひとり京都の愉しみ』(光文社新書)など著書多数。

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