健康寿命120年の未来へ

November 4, 2022 Photo Masahiro Goda Text Ichiko Minatoya
November 21, 2022 Last modified

老化細胞とは我々の体にどのような影響をもたらしているのか。老化細胞除去薬が実用化される日が来るのか。老化メカニズム研究の第一人者である中西教授に話を聞いた。

中西教授
中西真 なかにし・まこと
東京大学医科学研究所副所長・癌防御シグナル分野教授。1985年に名古屋市立大学医学部医学科を卒業し、89年に同大学院医学研究科博士課程修了。同医学研究科基礎医科学講座細胞生物学分野教授などを経て、2016年4月より現職。主な研究テーマは老化細胞と加齢に伴う癌発症の解明。著書に『老化は治療できる!』(宝島社新書)など。

健康寿命を延ばす

2021年1月、米科学誌『サイエンス』にて東京大学医科学研究所などの研究チームが、マウス実験から「老い」の原因となる「老化細胞」を除去する老化細胞除去薬を発表。この論文は世界的に注目を集めた。

不老不死。それこそは人類の究極の夢と言ってもいいだろう。かの秦の始皇帝を始め、古今東西の王侯貴族が憧れ、そのための妙薬妙法を探した不老不死。

21世紀の現代において、医療の発達や生活全般の改善で、不死とはいかぬまでも、長寿は実現された。だが肉体の老いを感じ始めるのが50代だとすると、人生100年時代の半分は老いて生きることになる。そのことに不安を抱いている人も少なくない。なぜなら老いは肉体の衰えとともに病気を運んでくる可能性が高いからだ。我々人類が望む長寿は健康寿命を延ばすことであり、そのためには、まだまだできることがあるのではないか。
 
東京大学医科学研究所副所長であり、癌防御シグナル分野教授の中西真氏は、老化の仕組みを研究し、老化によっておこる炎症が、さまざまな臓器に悪影響を及ぼすこと、そして老化細胞が生存するために必要な酵素があることに注目した。

「老化がすべての生物に起こる現象なら、それは抗いがたいものと言うこともできるでしょう。しかし地球上には顕著な老化現象が存在しない生物や、中には、少なくとも1400年は生きると確認されている、事実上不死と言ってもいいのではないかというような生物もいます。であれば、老化しない生き方というのは、成立しえないものではない。老化そのものが悪いというより、老化によって癌を始めとした病気が引き起こされることが問題で、その仕組みを解明すれば、健康寿命を延ばすことは可能と考えられます」
 
中西教授によると加齢に伴い老化細胞が体内に蓄積するようになり、それらが臓器などで炎症を起こし、正常な働きを阻害するのだそうだ。

図1
図1. 老化を制御する2つの仕組み
人間の最大寿命は老化や病気とは異なる仕組みで決まるため、老化細胞除去薬によって100歳を超えても元気に生きる人が増えたからといって、最長で120年というのは変わらないだろうと、中西教授は言う。
出典:「老化細胞を除去して健康寿命を延伸する」(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)より

老化細胞の活動を阻害する

「老化細胞と言っても、それはすべて同じではなく多様な老化細胞が臓器や組織に蓄積し、慢性炎症を起こします。これらの多種多様な老化細胞が体内で生きていくためには、ある酵素が必要なのです。その酵素の働きをブロックすることで、老化細胞は生きていけなくなり、生体から取り除かれます。その結果慢性炎症が起きなくなるので、臓器や組織の機能低下が抑えられると考えられます」
 
この酵素はグルタミナーゼ1(GLS1)と呼ばれるもので、これの働きを阻害するGLS1阻害薬がすなわち老化細胞除去薬となる。

「老齢のマウスにGLS1阻害薬を投与したところ、加齢によって起こる腎機能の低下など、すでに起こっている各臓器の機能低下が改善されるというデータが得られています。また動脈硬化の改善も見られました」
 
このように、すでに起きている加齢による老化現象の改善が見られるということは、加齢とともに起こる病気の予防や改善に効果を発揮する可能性が高い。

「筋肉量の低下による運動能力の低下や、それに伴う脂肪組織の萎縮、そして代謝異常も加齢によって起こりますが、マウス実験ではGLS1阻害薬の投与で脂肪組織の萎縮が抑えられることがわかっています。握力の低下も抑えられて、その結果、ヒトであれば70代くらいのマウスが、40〜50代程度まで握力がある状態になるのです」

図2
図2. 炎症誘発細胞の蓄積による慢性炎症が老化・老年病を引き起こす
加齢に伴い炎症を誘発する老化細胞が蓄積することで、臓器機能が低下し、動脈硬化や肝臓病などのさまざまな老年病を引き起こす原因となる。
出典:「老化細胞を除去して健康寿命を延伸する」(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)より

GLS1阻害薬と健康寿命

こうなると、内臓の若さだけでなく、動ける体、つかれにくい体を取り戻せる可能性さえある。

「老化というのは人によって症状の出方も進行具合も違い、ああしたからこう老化するという因果関係が明確ではありません。一卵性双生児でも、同じように老化するということはありません。そのため病気とは認定されず、老化を治療するというのはなかなか難しいものがあります。
 
しかしGLS1という酵素と老化細胞の関係がわかったことで、GLS1阻害薬で老化によって起こる病気の発症が抑えられ、運動量の低下や代謝異常も抑えられるとなれば、人生100年時代ではなく、健康寿命を延ばして120歳くらいまで生きる可能性もあります」

図3
図3. GLS1阻害剤は加齢現象を改善する
図加し出医GLS1阻害剤を老齢マウスへと投与した結果、非投与群に比べて、投与群において、加齢に伴い生じる腎の糸球体硬化(左上段)、肺の線維化(左中段)、および肝臓の炎症細胞浸潤(左下段)や、さまざまな臓器・生理機能が改善された(中)。また生活習慣病である動脈硬化も顕著に改善した(右)。
出典:「老化細胞を選択的に除去するGLS 1阻害剤が加齢現象・老年病・生活習慣病を改善させることを証明」より

GLS1阻害薬が治療薬になる日 

中西教授はこのGLS1阻害薬は老化防止という目的ではなく、老化によって起こるさまざまな病気の治療薬として使われることになるだろうと考えている。
 
すでに米国では癌患者の治療に用いられており、ヒトへの安全性はある程度確認されている。実際に日本でも実用化されるのはいつぐらいになるのだろうか。

「そう遠い話ではないと期待できます。本当に老化細胞だけに作用して、健康な細胞に影響を及ぼすことがないか、マウスでは成功でもヒトで同じ効果が得られるかなど、慎重に検証を続けていきます。私はこの薬を治療薬として確立し、誰もが安価で使えるようにして、世に出したいと考えています。現在はまだ予防医療は保険診療ではありませんが、今後保険診療が適用されるようになれば、老化予防薬としてGLS1阻害薬が処方されると、健康寿命が劇的に延びる、QOLがあがると期待されます」

健康寿命の延伸にはさらなる研究が必須

中西教授は内閣府のムーンショット型研究開発事業で「老化細胞を除去して健康寿命を延伸する」をテーマにプロジェクトマネージャーを務めている。これは2040年をめどに癌や動脈硬化などの老年病、生活習慣病、そして加齢に伴う各臓器の機能不全を標的に、老化細胞などの炎症誘発細胞を除去する技術を社会実装しようとする国家プロジェクトだ。これにより、高齢化社会で問題となる医療費や介護費の増大も防げる。

「そのためには確実なエビデンスを得るための臨床研究が必要であり、それには資金や人材を要します。米国では老化研究や老化阻害薬に取り組むベンチャー的な製薬会社がありますが、日本ではこうした新薬開発に投資する人も、参加する人材もまだまだ少ない。ぜひ老化研究に関心を持ってもらい、すそ野を広げていきたいです」
 
GLS1阻害薬だけでなく、アルツハイマー型認知症などの神経性疾患の制御につながる、別の治療薬の研究も進めている中西教授。最大寿命120年を健康に過ごせる未来はすぐそこまで来ている。

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