オーデマ ピゲ 20世紀の時計大全

April 20, 2022

1875年にスイスで創業した歴史ある高級時計ブランド、オーデマ ピゲ。その1882年から1969年までのコンプリケーションモデルを網羅した英語版書籍『AUDEMARS PIGUET 20TH CENTURY COMPLICATED WRISTWATCHES』が4年の歳月を経て完成。書籍のプロモーションに本国から駆けつけた、オーデマ ピゲ歴史研究家のマイケル・フリードマン氏に、その見どころを聞いた。

20世紀のコンプリケーションモデルを網羅した歴史書

オーデマ ピゲ歴史研究家のマイケル・フリードマン氏
オーデマ ピゲ歴史研究家のマイケル・フリードマン氏。2013年にオーデマ ピゲへ入社し、同社ミュージアムのための時計収集、ブランドの遺産に関する出版、展示会、調査・分析活動に従事する。オーデマ ピゲのヴィンテージウォッチのコレクターが多く、重要市場である日本からの披露となった。

「この書籍をつくるにあたり、実際に調べ始めて大きな発見がありました。それはオーデマ ピゲの“ヴィンテージ”と呼ばれる時計の希少性です。私も時計業界に身を置いて25年になるので、もちろん“少ない”ことは知っていましたが、オーデマ ピゲが20世紀(1882年~1969年)につくった機械式時計は550本しかありません。しかも1950年までの時計は全て1点ものだったということも、衝撃的です。また、この時代の時計師たちは、今とは違う時計づくりを実践していました。人数が少なかったこともあると思うのですが、ある時期はリピーターだけ、クロノグラフだけ、カレンダーだけと皆で同じムーブメントをつくり続け、おのおのがつくったものをアドバイスし合ったり、精度を高める方法を考えたり、協業していたのです。そしてよりよいムーブメントを完成させて、数年後にケーシングして製品化する。とかなり順序立てて、戦略的に時計をつくっていたことも見えてきました」

フリードマン氏は、資料を読みあさっていくうちにこうしたことに気づき、編集する書籍もしっかりオーガナイズしなければと考えた。そこで機械式時計をリピーター、カレンダー、クロノグラフの三つのカテゴリーに分け、その時計が出来上がるまでに関わった時計師、そのネットワーク、他ブランドとの関係などがこと細かに分かるようにした。

時計は文化の一部である

AUDEMARS PIGUET 20TH CENTURY COMPLICATED WRISTWATCHES
(左)世界最小のミニッツリピーター。右ページ下に添えられているメモは、この時計をつくった時計師が書いたもの。「この時計をつくっている2カ月間は拷問を受けているかのごとく、辛かった。この先、いくらお金を積まれても、これと同じ時計は二度とつくらない」。制作の大変さがにじみ出ている。当時の時計師の声を聞くことができる。
(右)ジャックリーヌ・ディミエ氏が文字盤にエスケープメントが見えるように大々的にデザインした最初の作品。左ページの左の時計は試作品。完成品では、試作の時に右下にあったムーブメントを左上に移動させ、ムーブメントを太陽に見立てて文字盤には太陽光線をデザインした。

オーデマ ピゲでは設立当初から、時計師をアーティザン≒アーティストと考え、ムーブメントはもちろん、文字盤やケースのデザインも自由に多様性があるモノづくりをしてきた。というのも、ブランド設立者のジュール=ルイ・オーデマとエドワール=オーギュスト・ピゲは、旅に出るのが好きで、そこで広めた見聞を時計のデザインに生かした。

「文化とのかかわりやつながりを大切するという姿勢が創設以来、オーデマ ピゲには根付いています。だから時計師もアートや建築、ファッションやインテリアなどに興味を持ち、それを時計のデザインに反映させています。中でも、1950年までのコンプリケ―ションモデルは全て1点もの。時計を丁寧に見ることによって、文化的な流行、時代背景までが分かるのです。特にオーデマ ピゲは創業以来、ファミリー経営が続いています。写真などのアーカイブ資料はたくさん残っているうえ、語り継がれている人の記憶も大きな財産です。この書籍をつくるのに、ものすごく役立ちました」

近代に入り、時計デザイナーという職業が確立されて以来、オーデマ ピゲではロイヤルオークをデザインしたジェラルド・ジェンタ氏が最も有名だが、フリードマン氏によると、彼と並ぶデザイナーとしてジャクリーヌ・ディミエ氏の名が浮き彫りになった。「世界で初めてトゥールビヨンを搭載した腕時計をデザインしたり、ミリネリーやエクストラ シンにパーペチュアルカレンダーを載せたり、ロイヤル オークの初代レディスモデルを手がけたり。調べていくうちに彼女の活躍が非常に目立っており、重要なデザイナーの一人である」と改めて認識したという。

また、本の巻頭には、1882年から1969年の間につくられた550本の時計の納品先(国別)や本数が詳細に残っているので、時計の生産状況と世界情勢をつなぎ合わせると、世界の経済状況も見えてくる。例えば、1920年代はアメリカは大きな市場だったが、世界恐慌以降は1本も売れていない。そして第二次世界大戦を経て、経済状況が回復した1945年以降はかなりの本数の時計がまたアメリカで売れ出している。

「時計はもともと多面的な側面があり、いろいろな分野と関係している。ムーブメントは物理、科学、工学、ケースは錬金術といった金属学、ダイヤルはグラフィック、色、宝石、表示といった具合に、これほど多角的なモノはないと思っている。だから、どんな分野を専門とする人が読んでも、面白い、ためになる書籍に仕上げています。ある専門的な知識を持ってこの本を読んだ人でも、新たな知識を引き出せるはずです」

とはいえ、そんなに学術的にとらえずとも。パラパラと時計の写真集として楽しむのもよし、ムーブメントの専門書として読み込むのもよし、デザインの歴史を学ぶのもよし。読む人によって、実用性が変わる、七変化の読み応え十分な書籍である。

※『WEB-NILE』2018年6月に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

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