時代を読む――原田武夫 第95回 前編

August 30, 2021 Text 原田武夫
July 13, 2022 Last modified

アナログとデジタルと、その狭間で

電脳

引き続き人工知能の研究を私は進めている。最初は斜に構えていたが、深めていくと意外に興味深い世界だ。特に我が国では誰もがフロンティアに立つことができる余地がまだある領域とあって、やる気も湧いてくる。そうした中でいろいろなことを日々感じるようになっている。

まず人工知能=AIはマジックワードだということ。仮に同じことを言っても、「これは人工知能=AIの議論で言ういわゆる『コネクショニズム』の延長線上にある発想で……」などと言うと途端に皆さんが納得したような顔になる。これに対して「これは私が普段の生活の中で体得したことですが……」とやると途端に怪け 訝げんな顔をするのだから不思議だ。人工知能科学を理解するためには「数理科学・統計学」「プログラミング」「実際のビジネス」の三つ領域を満遍なく知る必要がある。

したがって学生はたいていの場合、これらいずれにも習熟していないのだから、全くもって「理解」などできないはずなのだが、不思議とこのマジックワードを振りかけられると「至極納得」という顔をする。滑稽と言えば滑稽だが、これは現実だ。

こうした光景を私は、正規でゼミを請け負っている東京大学駒場キャンパスで何度も目の当たりにしてきた。

既存の人工知能技術はというと、実のところ大きな障壁にぶつかりつつある。専門家たちは皆知っているし、私が所属させてもらっている某有名私立大学の大学院における専門研究科でもそのことはしばしば語られるわけであるが、どういうわけか世間一般では全く知られていないのである。

しかも、障壁といっても至極、原理的なものなのであって、無視は全くできないのであるが、それでも「政治」が入るとそうしたアカデミアにおける現実はたちまちかき消されてしまう。

ある記号に対して意味を対応させ、その間をつなぐ論理(ロジック)を大量に集めつつ、データベースに蓄積するという意味での「記号主義」と、よく分からないがとにかく人体の神経に「似せた」回路を作り、出てきたものについて何とかその意義を見いだそうとする「コネクショニズム」。

これら二つの間をブリッジする仕組みはいまだないのであって、2010年以来の「AIブーム」を創り出した後者による画像認証も、徐々に実装が進むにつれて「当たり前」の話になりつつあって陳腐化している。

「デジタル」がたどり着いているこうした現状について「所詮、パターンマッチングだろう」と批判するのは容易い。また、全体量を把握しやすい演算子を創り出してそれをノイマン型コンピューターに実装して光速度を誇ったところで、結局はブール関数をベースにした2進法の罠わなからは解き放たれていないのだ。

だからといって今や「AI以前の世界」に戻るわけにもこれまたいかない。求められているのはこうした窮状を一気に突き抜けるためのブレークスルーだ。そのために人類全体の叡智が求められていると言っても過言ではない。

「いまだにPythonのプログラミングを手習いしている分際で何を言うか」と叱責の声が読者から聞こえてきそうだ。しかし彼方の世界に完全にはまり込んでいないからこそ、見えてくるものがあるというものなのである。そうした中で私は「全体量」そのものをとらえるアナログの発想とその意味での人類が積み上げてきた叡智を、「記号主義」という意味でのAIロジックを媒介項としつつ、「コネクショニズム」としての人工知能につなぎ合わせた時に潜象物理学そのものを具現化するアルゴリズムを完成できるのではないかと考え、研究に着手している。そしてここで言う叡智とは音図、「五十音図」である。

さて、この研究の先に何が出てくるのか。ようやく私にとってのライフワークが見えてきたようだ。


原田武夫 はらだ・たけお
元キャリア外交官。原田武夫国際戦略情報研究所代表(CEO)。情報リテラシー教育を多方面に展開。2015年よりG20を支える「B20」のメンバー。

※『Nile’s NILE』に掲載した記事をWEB用に編集し再掲載しています

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