個人海外投資に必要な国際税務の基礎知識 第5回

May 6, 2022 Text 永峰 潤
May 9, 2022 Last modified

英米で遺言に代えて信託が盛んな理由

はじめに

前回のコラムでは、米国でプロベート回避の方法として使われている銀行預金(Payable-On-Death=POD)、証券口座(Transfer-On-Death=TOD)、不動産の登記(Joint Tenancy)を説明した。今回はこれらに劣らず用いられている信託(Trust)について説明しよう。 

青い画面

信託とは何か

信託という言葉を聞くと貸付信託・金銭信託や、相続対策として用いられる土地信託を思い浮かべる方もいると思う。以上の受託業務を行う特殊な銀行として信託銀行があることも知られているところだ。

これらの信託は、財産を託する相手先(受託者)が金融機関(ここでは信託銀行)などのため「商事信託」と呼ばれている。

これに対して英国や米国で信託(TRUST)という場合、これら以外にも一般人(自然人)だけで完結する、日本では「民事信託」と呼ばれるものがむしろ一般的である(※1)。信託発祥の国である英国や米国では商事信託と民事信託という区別はとくになく、全て信託という同じストラクチャーで論じられており、民事・商事に分けるのはわが国固有の事情による。

信託の仕組みを簡単に言うと(商事信託でも民事信託でも原則は同じ)、ある目的をもって財産を託する人を委託者、託された財産を信託財産、託された人を受託者、そして受託者が信託財産を管理・運用や処分した成果を受け取る人を受益者と言い、成果を受け取る権利を受益権(※2)と言う。

信託の重要な特徴として、信託財産とされることで所有権は受託者に移転するが、受託者は、委託者が設定した信託目的(信託財産を運用し受益者に収益をどのように配分するかを指図すること)に沿って受託者個人の固有財産と分別して管理し、受益者のために忠実に信託事務の処理をしなければならない、別の言い方をするならば、受託者は受益者以外の利益を図ってはならないのだ。

もう一つの特徴として、信託財産は委託者の財産から切り離されるため、委託者が倒産しても、委託者の債権者は差し押さえできないし、受託者が倒産しても受託者の所有権は信託財産として固有財産と分けられるため、受託者の債権者は差し押さえできない。

受益者の債権者もやはり信託財産を差し押さえることは不可能である。このように信託財産とすることで、当事者の誰かが倒産しても信託財産への影響を排除できる(倒産隔離と呼ぶ)。

そうなると、委託者は受託者に信託財産を託した時点で自分の支配は及ばなくなるわけだが、これは委託者=受託者とする信託(自己信託と言う)を宣言することで、受託者として実質支配を続けることが可能である(※3)。

以下にアメリカの信託を紹介する。

アメリカの信託

まずは撤回可能信託(Revocable Trust)。この信託は委託者Sが自分の財産の一部について自分が生きている間は自らを受託者Tとすると宣言し、自分が生きている間は財産からあがる収益は自分のものとし、自分が死んだときに財産は自分の子供Bに引き渡すものとする。この信託はいつでもやめることができ(撤回権付与)、子供Bはこの財産についてプロベートの手続きを受けることがない。

前回のコラムで指摘したように、プロベートにはかなりの時間と費用を要し、かつ、裁判所が関与し全てが公開されるのでプライバシーが保てなくなるため、この信託はプロベートを回避できない遺言制度の代替(Will Alternative)として米国では頻繁に用いられる。

この信託を日本で利用可能か考えた場合、そもそも信託法上、受託者が受益権の全部を1年を超えて有することはみとめられないので(信託法163条2項)、そのままこのスキームを使うことはできず、さらに日本では相続財産の分配で必ず裁判所に行く必要はなく、よってプライバシーの問題も生じないので、利用価値はあまりないかもしれない。

もう一つは遺言による夫婦信託(Marital Trust)。遺言を起因とする信託のためプロベートを避けることも(委託者が死んでいるので)撤回もできないが、この信託には後述する遺産税のメリットがある。

委託者SはXを受託者として、Sの配偶者Wが生きている間は信託財産からあがる収益をWに渡す。Wが亡くなった際にXは財産をSの子供Bに引き渡して信託を終了する。BがSの前婚の子供である場合、この仕組みはWとBが直接対たい峙じ する場面を回避できるメリットと、税法上もSの死亡時に配偶者控除が認められWが死亡するまで遺産税が先送りされるメリットがある。

これと同じような信託に日本では受益者連続型信託というものがあるが、米国のような委託者死亡時に配偶者に対する相続税の繰り延べ効果は認められない。概して日本の税法は英米で認められているような課税上のメリットが希薄なため、今後、日本で信託がより一般的になるには、英米に比べて硬直的な税制が変わらない限り難しいように思える。

本稿のまとめ

☑信託は13世紀の英国を起源として発達した法制度である。
☑財産が委託者から切り離されるため倒産時に差し押さえの対象外となる。
☑受託者の目的はただ一つ、受益者の利益を図ることにある。
☑英米で信託が盛んに用いられる理由には税金のメリットが大きいが、日本の信託税制はそれに比べると硬直的である。

(※1)英米法の諸国では、国が定めた相続制度とは別の形で、世代を超えた家族間の財産移転を行うための信託が主流として行われている。これをわが国では民事信託と呼ぶ(樋口範雄著『入門 信託と信託法』54ページ参照)。
(※2)英米法では受託者の所有権をコモン・ロー上の所有権、受益者の持つ所有権をエクイティ上の所有権と呼んで区別する。沿革上、受益権は信託財産自体に対する物権的な権利を認めていた。これに対して大陸法を輸入したわが国では、信託財産の所有権は受託者のみが保有(所有権は一つ)しており、受益権は受託者に対する債権的な権利であると解されている(前出38-39ページから内容を要約)。
(※3)旧信託法では、委託者の債権者詐害目的で濫用されることを恐れて自己信託は認められなかったが、詐害目的があれば、例えば委託者が受託者と共謀して財産を信託財産にすれば委託者の差し押さえは防げることから、改正信託法では自己信託がみとめられた(信託法3条3項)。

永峰 潤 ながみね・じゅん
東京大学文学部西洋史学科卒。
ウォートン・スクールMBA、等松・青木監査法人、バンカーズ・トラスト銀行を経て、現在永峰・三島コンサルティング代表パートナー。

※『Nile’s NILE』2020年8月号に掲載した記事をWEB用に編集し掲載しています

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